【改めて】私の隠れ貧血まとめ

2019年2月18日

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出典:https://pixabay.com/ja/

 

私は、半年以上、原因不明で寝たきりになりました。

いろいろ言われましたが、結局は「隠れ貧血」でした!

 

今は、ポジティブ・元気いっぱい・活発・なんなら短期・毎日楽しく過ごしています♪

 

日本ではあまり聞かないけれど、50%の女性は実はこの状態で、海外ではもう一般的というちんちくりんな状態なので、私の体験談を書くことで、気づく人がいるんでないか?といった希望を託しています。

 

そんな私が原因不明の病気になって体験した全てを、ざっくりとまとめています!

隠れ貧血はなんなのかについて書いた記事はこちら!

 

生まれつきみたいなので、幼少期→学生時代→看護師時代→ここ1年→今はめちゃ元気♪」と書いていきます。

説明が不足しそうなところは、関連記事をつけていますので、少しでも興味が沸いたらポチッとしてみてください♪

 

隠れ貧血が発症するメカニズムについて、鉄とフェリチンの働きに着目してご紹介した記事はこちら!

幼少期(0歳〜幼少期)


出典:https://pixabay.com/ja/

 

私の幼少期について、隠れ貧血だと診断されて分かったことは、『たしかに生まれつき貧血の症状はあったのだろう。』ということです。

よくよく調べると、生まれつきの胃腸の弱さが関係していることも分かりました。

 

私は物心ついた時から、

​・手足の冷え性

・低体温

・目の下のクマがひどい

・体調壊しやすい(すぐ風邪を引く)

・胃腸が弱い

・食が細い

なんて症状がありました。

 

冷静に今考えると、貧血の症状​なんだろうと思います。

「手が冷たい。足が氷みたい」「顔色が悪いよ。」と周りの人に何度言われたことか…。

あまりこういう子どもいないですよねw

大人になって考えると、異常な子どもだなと思います。

 

​その当時は『自分の身体はヘンテコだなぁ。』と思っていましたが、鉄不足の状態だったとしたら納得がいきますよね。

もう戻れないので、どうだったのかは分からないですけどね。

 

神経質でもあって、小学校上がるまで自家中毒(原因不明の嘔吐下痢)で毎月点滴を打っていました。

両親は、私よりも病気がちだった妹と弟に手一杯だったので、私は1人家事して悩みを抱えていたことも事実です。

なので、気がついたら鬱っぽい子どもになっていました。

精神疾患を下されても『そうなのかなぁ。』と普通に受け取りました。(中学生の頃に診断されました。)

 

不思議なのは、長距離走が得意な子どもだったことです!(練習をすごくしていた気はするけれど。)

外遊びばっかりするような子どもでした。

よく走れていたなと思いますw

症状が一気に悪化していったのは、中学生になってからです。

 

学生時代


出典:https://pixabay.com/ja/

 

中学生

 

中学校の時、初めて精神疾患だと診断されました。

(パニック障害かうつかそんな診断だったと思います。)

 

バスケ部での試合後にさらに練習が始まって、フラフラしたところを救助され、大きい病院に連れていかれました。

でも、体にはなにも異常がなく、気づいたら心理検査させられていました。

診断後、薬も飲みましたがとくに変化はなかった記憶があります。

その後は、病院に行くのがめんどくさくて辞めてしまいました。

 

高校生

 

高校の時は、長距離走の体育で急に走れなくなり、倒れてしまったことがありました。

『鉄欠乏性貧血』でした。

 

朝起きれないワケですよねw(遅刻常習犯でした。)

鉄剤飲むと、すぐに変わらず走れるようになりました。その時点で鉄剤の服用を辞めました。

今考えると、『あの時もっと貧血のことを理解している医師に出会えていたら、鉄剤を中断することなく服用し続けられて回復したのかもなぁ。』と思ってしまいます。

でも、その当時「隠れ貧血」のことは世間的にも全く理解がないし、医師の理解もなかったのでしょうがないです。

 

うつの症状がある時というのは、脳自体の動きが鈍くなっているので、記憶力が低くなります。

私の過去の記憶が極端に薄いのもそんなとこなのかなと。。

今でも、うつの症状が強く出た時の記憶というのは、極端に薄いんです。(全体的に薄いけれど。)

家族間で昔の話が出ると、「そんなことあったっけ?」と話についていけなくなります。

 

大学生

 

私は、幼少期から不思議に思っていた『自分の身体のヘンテコさ』を知りたくて、看護大学に進みました。

大学生になると、身体の調子はとことん悪化していたらしく、お酒も飲み始めてさらに悪化していき、精神疾患名を何でもかんでもたくさんつけられました。(コンプリートできると思ったw)

『どんだけ適当に診断されてたんだよ。』と笑っちゃいますよねw

 

さらに大学卒業が近づくにつれて、頻繁に気絶するようになってしまいました。

①気持ち悪くなる。

②冷や汗が止まらなくなる。

③くらくらしてくる。

④気がついたら仰向けに倒れている。→救助される。

 

この状態が、1か月に1~2回、実習や看護師国家試験間近にも起こりました。

結構回数を重ねていたので、病院にはもちろん行きましたし、脳外科まで行ったけれど、検査結果は常そのもの」「原因不明」でした。

血液検査にも、なにも出なかったんですよね。。

教授にも医師・看護師さんがほとんどですが、相談しても何が起こっているのか分かりませんでした。

 

自分が怖くなった学生時代ですw

さすがに、気絶しまくって原因不明なんて言われたら怖いですよね?

 

看護師時代


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『結構苦労した学生時代だった。』と自分では思っているのですが、無事に看護師と保健師の免許を取りました!

脳が動いていないのに必死に勉強したことは、今でも褒めたいと思っています。

記憶力は弱まっていたのか、暗記できなくて悩みましたが、それでも国家試験に合格できた勉強法はこちらに詳しく書いています。

 

看護師として病院に勤務しても、気絶はたびたび起こしました。

でも、やっぱり原因不明と言われてしまい、検査結果は正常でした。

もちろん、貧血であった過去の経緯や問診でこれまでの話もしているんですけどね。

 

「そんなんで仕事なんてできないんじゃないのか?」と思いますよね。

やはり、夜勤に耐えられなくなった身体が悲鳴をあげました。

勤務して受けた健康診断でもなんともなかったし、健康オタク化していたんですが、半年してぶっ倒れてしまいました。

 

そこまでなってやっと、『重度の鉄欠乏性貧血』だと診断されました。

 

それからは、療養して、転職して。

さすがに、ここまでの過程を自分なりに考えて、調べていって、初めて『隠れ貧血』という言葉を知りました。

ただ、医師が見つからない。

 

探しに探して、理解してくれたのは、相談専門で総合内科専門医をもつ勉強オタクの医師だけでした。

その医師のアドバイスを受けて、処方は無理をいって『心療内科』に出してもらいました。

その医師のことについて書いた記事はこちら!

 

しょうがなく『心療内科』に鉄剤を処方してもらうんですが、必然的に精神薬も一緒に処方されます。

なので精神薬も飲み続けるんですが、ある時気付きました。

『精神薬飲むと悪化しているぞ?鉄剤だけ飲んだ方がいいんじゃないか?』

 

私はこの時まで、『自分は貧血で精神病なんだ。』と思っていました。

医師も当然そう思っていました。

しかし、そこまでしてやっと『自分は精神疾患じゃないのかもしれない。』と考えられるようになりました。

 

そんな時の詳しい内容はこちら!

 

それでも、精神薬はそう簡単に服薬を中止できるものではありません。

自分で主に論文を検索しながら勉強して、医師に無理を言ってはいろいろ言われながら、私は1度、別人のように元気になりました。

 

・基礎体温が上がった。

・ポジティブで活発になった。

・ハーフマラソン完走した。

・ジムに通うようになった。

・大食いになった。(わんこそば123杯だった)

 

とにかく身体が軽くて感動してしまってw

周りからも「別人みたいだ。」驚かれてばかりでした!

 

しかし、鉄剤は基準値に到達すると、すぐに服薬を中止しました。(フェリチン70ng/mlが目安でした。)

医師自身が隠れ貧血のことを知らない状態でもあり、私も「鉄剤は、ある程度の期間飲み続けなければならない。」ことを知らずに服薬を中止しました。

 

フェリチンの値が何度も上がったり下がったりして、その都度鉄剤を服用しながら、なんとか1年半乗り切りました。

しかし、ある時突然、鉄剤を処方してもらえなくなりました。

医師が貧血じゃないと判断すれば、処方してはいけない制度があると医師が気づいてしまったからです。

 

元気だった私の体調は、どんどん悪化していきました。

 

ここ1年


出典:たむ

 

ここ最近の症状については記事でも多く書いていますが、心療内科の医師が、貧血の薬を処方してくれなくなったことが始まりです。

その後はなんとか診てくれる病院をと、病院をいくつも回りました。

子宮筋腫や月経困難症、膠原病、難病などを疑われて、大きな病院で検査されました。

でもなにも出てきません。

 

結局は、信頼している医師に頼んで、東京の病院に飛ばしてもらい、

全て『隠れ貧血』の仕業だと分かりました。

今は、きちんとした治療ができており、このブログに文章を打ち込む毎日を送っています。

鉄が一定に保たれているのが、生まれて初めての経験なので、自分の感覚や考えが、今までと違うことに驚いています。

 

いろいろありましたが、今はすごくポジティブで、前向きに、『逆にこの経験を活かしてしまえ!』と思っています。

よくよく調べると、鉄不足の人は日本女性の50%以上もいると分かりました。

 

過去の記憶は薄いですが、いいものではないので、私みたいに悩む人が少なくなったらいいなと思って打ち込んでいます。

私の経験は、極端なんだとも思いますが、少しでも参考になったらと思い、リアルに残すようにしています。

 

そんな私のリアルな情報は、「リアル」というカテゴリーで記事を残しています。

 

ただ、『今でもなんだったんだろう。』と思うのは、「全身にできた凄まじく痒い発疹」の正体です。

生検(皮膚を切り取って行う詳しい検査)までしたのに、原因不明だったんですよね…

注)画像を記事の最後に載せてみます!苦手な人は最後までのスクロールをしないようにください!!!(合図出します。)

 

そんな経験をここまでしてきた私が1番欲しかったのは、『同じ症状をもつ人の情報』です。

教科書や論文みたいな情報だけじゃなくて、実体験の情報が欲しかったんです。

「こんな病院がある」「症状はこんなの」「回復までこのくらい」「悪化のサインはこれ」などなど共感的な情報が私は欲しかったんですよね。

でも、ネットでたくさん探すんですけど、なかなか出てこないんですよね。。

 

奇跡的に元同僚が同じ症状で、病院も医師も見つけられた私はラッキーでした♪

中には、若い頃は症状が出ずに妊娠・出産して症状が初めて出る人や、原因不明のまま頑張っている人もいるので、そんな方のための情報になればと思っています。

 

本来の姿は根っからのポジティブ体質だった!!

 

治療をきちんと行うことができて、人生で初めて鉄分が身体に補充され続けることができています。(2019年2月時点)

そうすると、私は人が変わったように元気にポジティブになりました!

元気なのはすごくいいことなのですが、『本来の自分はネガティブなの?ポジティブだったの?』と疑うくらいの変わりようでした。

 

見るもの、考え方、捉え方、感覚が違うことに、なんとなく不安になって、遺伝子検査にチャレンジしました。

結果は、日本人でもレアなポジティブ遺伝子を持つ、根っからのポジティブ野郎でしたw

 

それだけ鉄不足の威力を実感できた療養期間でした。

今は残った月経困難の治療と鉄剤服用を間欠的に続けながら、自分の身体に合った仕事の仕方を追求しています!

今まで大変でしんどい思いをしてきたはずなのですが、すごく記憶は薄いままです。

あまり思い出せないように身体が変化したんだと思います。

 

なので、過去は過去として、私は今の自分にできることを追求していきたいと思っています!

今後は、もうこのままポジティブ人間になってしまって、前向きに自分らしく自由に過ごせるように、自分なりの環境を見つけたいと強く思っています!

自分をこのまま成長させてしまおうと思います!

身体が弱いのは仕方がないことなので、そんな自分でも自分らしくいられる場所を見つけることで、誰かの背中を押すことができたら上出来です♪

 

そんな私は、今東京で仕事をしながら当ブログを運営しています♪

自分らしい仕事と、生活を手に入れて、さらに高みを目指しています!

 

注)最後に痒すぎた発疹の画像があります。苦手な方はこの先スクロールしないでください。

読んでいただき、本当にありがとうございました。

 

 

 


出典:たむ

 

見てくれてありがとうございます。(ボヤけてはいるんだけど)

これが全身の隅々まで広がったので、夜も眠れないくらい痒くて、ヘトヘトでした。

1ヶ月3時間寝れるかねれないか…

ご飯も入らなくなって、生き地獄でしたね。よく耐えたと思う…w

 

結局、抗生剤入りの軟膏と服薬で寝られるようになって、今は跡が残ってるだけです。

後遺症で、頭皮がボロボロになりましたが、それも治りました。

感染しやすい身体だと思われるので、バイ菌が入ってしまったんだと思います。

本当痒かったぁ…

もうごめんですねw

 

最後まで読んで頂けたことに、深く感謝します。

ありがとうございました!